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【サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福】第2章 虚構が協力を可能にした その0

前章で見たとおり、サピエンスは15万年前にはすでに東アフリカで暮らしていたものの、地球上のそれ以外の場所に侵出して他の人類種を絶滅に追い込み始めたのは、7万年前ほど前になってからのことだった。それまでの8万年間、太古のサピエンスは外見が私たちにそっくりで、脳も同じくらい大きかったとはいえ、他の人類種に対して、これといった強みを持たず、とくに精巧な道具も作らず、格別な偉業は何一つ達成しなかった。


それどころか、サピエンスとネアンデルタール人との間の、証拠が残っている最古の遭遇では、ネアンデルタール人が勝利した。


学者たちはこのような乏しい実績に照らして、これらのサピエンスの脳の内部構造は、おそらく私たちのものとは異なっていたのだろうと推測するようになった。太鼓のサピエンスは見かけは私たちと同じだが、認知的能力(学習、記憶、意思疎通の能力)は格段に劣っていた。


だが、その後、およそ7万年前から、ホモ・サピエンスは非常に特殊なことを始めた。約7万年前から約3万年前にかけて、人類は舟やランプ、弓矢、針(暖かい服を縫うのに不可欠)を発明した。芸術と読んで差し支えない最初の品々も、この時期にさかのぼるし(図4のシュターデル洞窟のライオン人間を参照のこと)、宗教や交易、社会的階層化の最初の明白な証拠にしても同じだ。

ほとんどの研究者は、これらの前例のない偉業は、サピエンスの認知的能力に起こった革命の産物だと考えている。ネアンデルタール人を絶滅させ、オーストラリア大陸に移り住み、シュターデルのライオン人間を彫った人々は、私たちと同じぐらい高い知能を持ち、創造的で、繊細だったと、研究者たちは言い切る。


このように7万年前から3万年前にかけて見られた、新しい思考と意思疎通の方法の登場のことを、「認知革命」という。その原因は何だったのか?それは定かではない。なぜその変異がネアンデルタール人ではなくサピエンスのDNAに起こったのか?私たちの知るかぎりでは、それはまったくの偶然だった。だが、それより重要なのは、「知恵の木の突然変異」*1の原因よりも結果を理解することだ。サピエンスの新しい言語のどこがそれほど特別だったので、私たちは世界を征服できたのだろう?


それはこの世で初の言語ではなかった。また、それはこの世で初の口頭言語でもなかった。それでは私たちの言語のいったいどこがそれほど特別なのか?


最もありふれた答えは、私たちの言語は驚くほど柔軟である、というものだ。そのおかげで私たちは、周囲の世界について厖大ぼうだいな量の情報を収集し、保存し、伝えることができる。


これとは別の説もある。その説によると私たちの言語は、噂話のために発達したのだそうだ。


新世代のサピエンスは、およそ7万年前に獲得した新しい言語技能のおかげで、何時間も続けて噂話ができるようになった。誰が信頼できるかについての確かな情報があれば、小さな集団は大きな集団へと拡張でき、サピエンスは、より緊密でより精緻な種類の協力関係を築き上げられた。


おそらく、「噂話」説と「川の近くにライオンがいる」説の両方とも妥当なのだろう。とはいえ、私たちの言語が持つ真に比類ない特徴は、まったく存在しないものについての情報を伝達する能力だ。


伝説や神話、神々、宗教は、認知革命に伴って初めて現れた。虚構、すなわち架空の事物について語るこの能力こそが、サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。


だが、これはどうして重要なのか?なにしろ、虚構は危険だ。虚構のせいで人は判断を誤ったり、気を逸らされたりしかねない。


だが、虚構のおかげで、私たちはたんに物事を想像するだけではなく、集団でそうできるようになった。オオカミやチンパンジーはアリよりもはるかに柔軟な形で力を合わせるが、少数のごく親密な個体とでなければ駄目だ。ところがサピエンスは、無数の赤の他人と著しく柔軟な形で協力できる。

*1:知恵の木は「創世記」に出てくるエデンの園に生えていた木で、アダムとイヴはその実を食べて「目が開け」た。