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【サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福】第1章 唯一生き延びた人類種 その2 思考力の代償

思考力の代償

人類のさまざまな種には多くの違いが見られるものの、そのすべてに共通する決定的な特徴がいくつかある。なかでも際立っているのが巨大な脳で、他の動物たちが霞んでしまう。


動物界広しといえども、ホモ属だけがこれほど大きな思考装置を持つに至ったのはなぜか?


太古の人類は、大きな脳の代償を2通りのやり方で支払った。まず、より多くの時間をかけて食べ物を探した。そして、筋肉が衰えた。


人類の神経ネットワークは200万年以上にわたって成長に成長を重ねたが、燧石すいせき*1のナイフと尖った棒以外に見るべき成果をほとんど残さなかった。それでは、その200万年の年月に、いったい何が人類の巨大な脳の進化を推し進めたのか?正直なところ、その答えはわからない。


人間ならではの特性として、直立二足歩行も挙げられる。その結果、人類は手を使って非常に複雑な作業がこなせる。とくに、精巧な道具を製造して使える。道具の製造を示す最初の証拠は約250年前までさかのぼる。そして、道具の製造と使用は、考古学者が古代の人類の存在を認める基準となる。


ヒトは卓越した視野と勤勉な手を獲得する代償として、腰痛と肩凝りに苦しむことになった。


女性はさらに代償が大きかった。直立歩行するには腰回りを細める必要があったので、参道が狭まった――よりによって、赤ん坊の頭がしだいに大きくなっているときに。そして実際、他の動物と比べて人間は、生命の維持に必要なシステムの多くが未発達な、未熟な段階で生まれる。


この事実は、人類の傑出した社会的能力と独特な社会的問題の両方をもたらす大きな要因となった。人間が子供を育てるには、仲間が力を合わせなければならないのだ。そのうえ、人間は未熟な状態で生まれてくるので、他のどんな動物もかなわないほど、教育し、社会生活に順応させることができる。


私たちは、大きな脳、道具の使用、優れた学習能力、複雑な社会構造を、大きな強みだと思い込んでいる。だが、人類はまる200万年にわたってこれらすべての恩恵に浴しながらも、その間ずっと弱く、取るに足らない生き物でしかなかった。


初期の石器のごく一般的な用途の一つは、骨を割って中の骨髄をすすれるようにすることだった。だが、なぜ骨髄なのか?他のもっと強力な肉食獣が後に残した死肉のなかでも特に栄養があったのが、硬い骨の中の骨髄だったのだ。


これこそが、私たちの歴史と心理を理解する上での一つのカギだ。ホモ属は食物連鎖の中ほどに位置を占め、ごく最近までそこにしっかり収まっていた。40万年前になってようやく、人類のいくつかの種が日常的に大きな獲物を狩り始め、ホモ・サピエンスの台頭に伴い、過去10万年間に初めて、人類は食物連鎖の頂点へと飛躍したのだった。


中位から頂点へのそのような華々しい跳躍は、重大な結果をもたらした。人類はあっという間に頂点に上り詰めたので、生態系は順応する暇がなかった。そのうえ、人類自身も順応しそこなった。多数の死傷者を出す戦争から生態系の大惨事に至るまで、歴史上の多くの災難は、このあまりにも性急な飛躍の産物なのだ。


*1:ほぼ純粋の珪酸から成る微晶質ないし非晶質の緻密な岩石。火打石として用いられた。