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運動の状態を変える、粒子の種類も変える
物理学とは、物質とその間の力を解明することで、自然現象を理解しようとする科学です。前章では物質の構成要素である素粒子について考えました。では、その物質の間に働く力とは何でしょうか。
ニュートンの力学では、力とは「運動の状態を変えるもの」でした。
そこで重要になるのが、前章でお話しした質量の考え方です。ヒッグス粒子が素粒子に質量を与える様子を解説するときに、「質量」と「摩擦」を混同しているような報道をよく見かけましたので、この二つの違いを押さえておきましょう。
前章で説明したように、質量とは「運動の変化のしにくさ」のことです。ここで、運動の変化には、速度が速くなる場合も遅くなる場合もあることに注意してください。
この点で、質量は摩擦や抵抗とは異なります。摩擦があると、止まっているものを動かしにくいのは質量の効果と似ていますが、動いているもの二摩擦が働くと止まってしまうのは、質量の効果(動いているものは動き続ける)とは正反対です。
さて、物理学の研究が進むにつれ、運動の状態を変えるだけが力の働きではないことがわかってきました。重力と電磁気力は運動の変化だけで理解できますが、強い力と弱い力には別の働きがあります。たとえば、「はじめに」でお話ししたセシウム137からのベータ線の放射は、弱い力によって中性子が陽子に変化することに伴う現象でした。つまりそこには、粒子の運動だけでなく「種類」を変える働きもあるのです。
磁石の周りの砂鉄。天気図……「場」とは何か
では、力はどのようにして物質の間に働くのでしょう。
物体に触れて力を直接加えれば、物体が動くのは当たり前だと感じます。
しかし、重力や電磁気力はどうでしょうか。地球がリンゴを引っ張る力も、磁石がお互いを引き寄せたり遠ざけたりする力も、物体同士が直接触れ合うことなしに伝わります。このように離れていても伝わる力のことを「遠隔力」と呼びます。
19世紀になると、電磁気力については、遠隔力の仕組みを説明する理論が確立します。それが、マクスウェルの電磁気学です。磁気や電気が離れたところに伝わることを、マクスウェルは「場」という概念で説明しました。
いったい場とは何でしょうか。一言で言えば、それは「場所ごとに値が決まるもの」のことです。たとえば小学校の理科の時間に、じゃ酌を置いた紙の上に砂鉄を撒く実験をしたことのある人は多いでしょう。このときに砂鉄が描く模様を見れば、磁石の周囲に生じた磁力線の形がわかります。そこでは、場所によって磁気の働く方向や大きさが決まっている。磁気に関係する量が場所ごとに決まっているので、これを場として、「磁場」と呼ぶのです。
もしあなたが今、机の電気スタンドの下でこの本を読んでいるとすれば、照明のスイッチを入れると光が放たれるでしょう。マクスウェルの理論によると、光とは電磁波の一種です。
ここで注意しなければいけないのは、磁石を置いたり、照明のスイッチを入れたりすることで、電磁場ができるわけではないということです。電磁気の理論では、宇宙開闢のときから現在にいたるまで、私たちの世界のすみずみに電磁場が存在していると考えます。
場所ごとに値が決まるものを場と呼ぶのですから、電磁場だけが場ではありません。たとえば天気図を見ると場所ごとに異なる気圧の配置を等圧線で表現しています。場所ごとに気圧の値が決まっているという意味で、あれは気圧の場を可視化したものなのです。