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眠れるミュージアム
著者の中野さんの専門は脳科学であるが、なぜ美術館・博物館の仕事に興味を持ったのかというと、マクロな視点で見れば、これらは脳のある種の機能に似ているからだ。
私たちは人生の3分の1を睡眠に充てている。レム睡眠中、脳はせっせと記憶を整理し、それを固定させたり整理したりしている。ノンレム睡眠中は、脳に蓄積してしまったゴミを脳脊髄液の波が洗い流している。
このように、私たちが眠っている間も、脳はせっせと働いているのだ。
休館中の美術館や博物館も、脳と同じく稼働している。作品を整理したり、研究したり、何年もかけて次の展覧会の準備をしたりしている。外からは見えないが、長年、粛々と進められてきた仕事にこそ、美術館・博物館が担う重要な使命があるということはあまり知られていないのではないだろうか。
「美」は脳のどこでに認知されるのか
しばしば自然科学は、ミュージアムやアートの類とは正反対の世界ではないかと言われる。だがそんなことはないのであって、私たちは光がなければモノを見ることすらできないし、「美」の認知についてすら研究が進められていて、これは脳の前頭葉の前頭前野が行なっていることが実験によって明らかになっている。
ただ、もう少し脳の機能を詳細に詰めていくと、どうやら「美」にはもう一種類あるようなのだ。
変化し続ける「美しさ」の価値を認知するのは、脳の別の領域が行なっている。
ヒトの脳がどのようにして芸術作品の美しさを感じるのか、この研究分野の草分け的な存在であるロンドン大学のセミール・ゼキ教授は、芸術作品を観て「美しい」「これは自分にとって良いものだ」と感じると、内側前頭前皮質の血流がアップすることを突き止めた。
実は、これらの領野は2つとも「社会脳」といわれる回路の一部である。前者は自分の主観的な好みを決めているところで、後者は他からの情報や過去の記憶に左右される。つまり、ブレるのだ。しかし、どうして人にそんな機能が備わっているのか。生きていくうえで、「美」について感じ方がブレる必要があるのだろうか―。